大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7429号 判決

原告

上田実

被告

加藤食品工業株式会社

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告に対し金二、二〇四、七八七円および内金二、〇二四、七八七円に対する昭和四三年一二月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

五、ただし、被告ら各自において、原告に対しそれぞれ金一、五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その者に対する仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一申立

(原告)

被告らは各自原告に対し金一一、四五〇、六〇〇円および内金一〇、四一一、六〇〇円に対する昭和四三年一二月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二争いのない事実

一、本件交通事故の発生

とき 昭和四一年六月一八日午後一〇時五〇分ごろ

ところ 大阪市東住吉区加美南陽町二一九番地先国道二五号線上

事故車 普通貨物自動車(泉四や四四三一号)

右運転者 被告三木一徳

受傷者 原告

態様 国道二五号線を北から南に横断していた原告運転の足踏自転車と東進してきた事故車が衝突した。

二、被告三木の雇傭関係および事故車の運行供用

被告加藤食品工業株式会社(以下被告会社という)は事故車を所有し、被告三木を雇傭して営業を行つていたところ、本件事故当時被告三木は業務執行のため事故車を運行していた。

第三争点

(原告の主張)

一、被告らの責任原因

(一) 被告会社

原告の身体傷害による後記損害につき左記(1)または(2)、物的損害につき左記(2)の理由により、右損害を賠償すべき義務がある。

(1) 根拠 自賠法三条

該当事実 第二の一および二の事実

(2) 根拠 民法七一五条一項

該当事実 第二の一、二の事実および左記(二)の事実

(二) 被告三木

(イ) 根拠 民法七〇九条

(ロ) 該当事実 左のとおり。

本件国道の指定最高速度は毎時四〇キロメートル以下であり、被告三木は事故車を運転して本件現場附近に差しかかつた際、折から前方に原告が足踏自転車を運転して横断していたにも拘らず、指定最高速度を越える時速七〇キロメートル以上で進行し、且つ前方に対する注意を怠つたため、原告と約二九メートルに接近して始めて同人に気付き急停止の措置を採つたが及ばず、しかもハンドル操作を誤つたため、中央線を越えた地点で事故車を原告車に衝突させ、同人を約六メートル南方の道路際排水溝まで跳ね飛ばした。

一、損害の発生

(一) 傷害および後遺症の内容

脳挫傷、顔面および両前腕手背擦過傷、前胸部挫傷の傷害を受け、その後遺症として、外傷性頸部症候群および頭部外傷後遺症が残存する。

(二) 治療および期間

(1) 入院治療 昭和四一年六月一八日から同年七月三〇日まで

(2) 通院治療 昭和四一年八月一日から昭和四四年九月二五日まで

(三) 療養費

左のとおり合計二一八、六六〇円を支払つたが、本訴においては内金一三一、九六〇円を請求する。

(1) 治療費

(イ) 昭和四三年一月一〇日から同年三月九日までの分

三五、三二〇円

(ロ) 昭和四三年三月二三日から同年六月一日までの分

三二、九〇〇円

(ハ) 昭和四三年六月一五日から昭和四四年九月二五日までの分

七四、八三〇円

(2) 昭和四一年七月三〇日から昭和四四年九月一九日までの交通費

七五、六一〇円

(四) 逸失利益

原告は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

(1) 職業

工員(三和鏡レンズ工業所勤務)

(2) 収入

給与一ケ月二〇、〇〇〇円

(3) 休業期間

昭和四二年五月一日から昭和四三年九月三〇日まで一七ケ月間。

(4) 就労可能年数

原告は昭和四三年一〇月一日からなお四三年間は就労可能。

(5) 労働能力、収入の減少ないし喪失

原告は前記後遺症状のため通院にも母親の付添を要する状況で、今後就労することは全く不可能で、収入を全部喪失した。

(6) 逸失利益額 合計五、七六六、六四〇円

(イ) 前記一七ケ月間の休業期間中の得べかりし給与の合計額は三四〇、〇〇〇円

(ロ) 原告の昭和四三年一〇月一日から四三年間の得べかりし給与の同四三年一〇月一日における現価は五、四二六、六四〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息控除、年毎年金現価率による)。

(算式)(年間減収額)(ホフマン係数)

二四〇、〇〇〇×二二・六一一=五、四二六、六四〇円

(五) 精神的損害(慰謝料)

原告は小学校一年生三学期のころ肉腫のため右足を大腿部より切断したが、同三年生ごろから義足により自転車を運転することを習得し、本件事故当時右の如き身体障害を克服して通常の労務に従事してきていたのに、本件事故により前記の如き傷害を受けて長期間にわたる治療を余儀なくされたばかりでなく後遺症が残存して二重の障害を負うに至り、従前の努力も全く無に帰し、将来の生活に対する不安は計り知れなく、多大の精神的苦痛を受けたから原告に対する慰謝料は四、五〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(六) 物的損害 合計一三、〇〇〇円

(イ) 上着 一、五〇〇円 (ロ) ズボン 三、五〇〇円

(ハ) 時計 八、〇〇〇円

(七) 弁護士費用

原告は本訴代理人弁護士に対し着手金および訴訟費用として三九、〇〇〇円を支払い、謝金として一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

三、本訴請求

以上により、原告は被告ら各自に対し、右二(三)ないし(七)の合計金一一、四五〇、六〇〇円および同二(七)を除く内金一〇、四一一、六〇〇円に対する被告らに対し本件訴状が送達された翌日である昭和四三年一二月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

本件事故は原告の過失によつて生じたもので、被告三木には何ら故意・過失はなかつたから、被告らには損害賠償義務はない。

本件国道の幅員は約一一メートルで、現場附近の道路両側には家屋が建ち並び、国道と交差する道路はなく、現場の東方約一〇〇メートルの地点に横断歩道があり、車両の交通量は昼夜ともはげしいところである。

本件事故は、原告が身体障害者で、近傍に横断歩道があり折から事故車が接近して来ていたにも拘らず、横断歩道によらずに無灯火のまま事故車と至近距離に至つて突如国道を横断しようとしたため生じたもので、被告三木としては、指定最高速度を若干越える程度の速度で進行して来たものであるが、仮りに指定最高速度以下で進行していたとしても、本件現場附近の状況からすれば、本件現場附近で横断車両のあることを予想することは不可能であり、且つ、東行車道の幅員はわずか五・五メートルにすぎないから、至近距離に至つて突然無灯火で自車前方に飛出してきた原告車を避けることはとうていできなかつた。

第四証拠〔略〕

第五争点に対する判断

一、被告らの責任原因

(一)  被告会社

原告の身体傷害による後記損害につき左記(1)、物的損害につき左記(2)の理由により、右損害を賠償すべき義務がある。

(1) 根拠 自賠法三条

該当事実 第二の一および二の事実

(2) 根拠 民法七一五条一項

該当事実 第二の一、二の事実および左記(二)の事実

(二)  被告三木

根拠 民法七〇九条

該当事実 左のとおり。

(1) 本件事故の状況

〔証拠略〕を総合すれば、左の如き事実が認められる。

(イ) 本件道路は東西に通じるアスファルトで舗装された歩・車道の区別のない道路で、中心線があり東行車道の幅員は五・四メートル、西行車道の幅員は五・六メートルで、道路の両側に幅員各三十数センチメートルの溝があり、道路両側には商店ならびに一般住宅が建ち並んでいるが、現場附近には夜間照明設備はない。本件道路における指定最高速度は毎時四〇キロメートル以下で、当時路面は乾燥していた。

(ロ) 原告は、自転車を運転して現場道路北側のガソリンスタンド日新商事附近から横断し始めたが、東進車の通過するのを待つため徐行しつつ南東に向け斜に横断した。そして、前照灯はつけていた。

(ハ) 被告三木は事故車を時速六〇キロメートル超で運転し、東進してきて本件現場附近に差しかかつた際、前方三〇メートル余りの道路北端から約二・五メートルの地点に南東に向けて横断している原告車を発見し、直ちに急停止の措置を採つてやや右に転把したが、そのまま約三〇メートル進行して中心線から少し南側附近で事故車を原告車の右後部附近に衝突させて原告を自転車もろとも道路南側の側溝まで跳ね飛ばして停車したが、車輪の擦過痕は約二九メートル印象されていた。なお、事故車にはブレーキ、タイヤ、前照燈等に何ら異常はなかつた。

〔証拠略〕中右認定に反する部分は前掲全証拠と対比し容易に措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 被告三木の過失

以上認定の事実に基けば、事故車運転者としては、前方を注視して時速四〇キロメートル以下で進行しておれば、三〇メートル以上前方に原告車が横断し始めたのを発見し直ちに急停止の措置を採つて、原告車との衝突を避けることができたものと認められるところ、被告三木は、事故車を運転して本件現場附近に差しかかつた際、折から進路前方を原告が横断していたにも拘らず、慢然と前方注視を怠たり指定最高速度を越える時速六〇キロメートル超で進行した過失があるものと認められる。

二、被告会社の運行者免責の抗弁は、右一(二)の如く事故車運転者被告三木に過失があつたものと認められるので、その余の点を判断するまでもなく採用し難い。

三、損害の発生

(一)  傷害および後遺症の内容

〔証拠略〕によれば、原告はその主張の如き傷害を受け、後遺症が残存し、その症状として、頭痛、めまい、左上肢の脱力(左手の握力は昭和四三年一〇月三日当時四キログラム)、記憶障害、感情失禁が認められる。

なお、原告には本件事故のため視力低下の症状が残存する旨の甲六号証の三、六、七および原告本人尋問の結果の各部分は前掲甲六号証の八に照らし容易に措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  治療および期間

原告主張のとおり。〔証拠略〕

(三)  療養費

原告は、治療費一四三、〇五〇円、通院交通費少くとも三三、〇五〇円合計一七六、一〇〇円を支出したものと認められるが、原告請求の一三一、九六〇円の限度で認容する。〔証拠略〕

(四)  逸失利益

原告は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

(1) 職業および収入

訴外株式会社三和鏡レンズ工業所にレンズ工として勤務し、賃金は出来高払制で事故前三ケ月の平均賃金は一ケ月一九、〇六七円であり、他に年間九、〇〇〇円の手当を得ていた。〔証拠略〕

(2) 休業期間、および労働能力、収入の減少ないし喪失

原告には前認定の如き後遺症状が残存しているが、〔証拠略〕によれば、脳波検査の結果後頭部に正常α波の出現が乏しく連波形成が多く、および左手の握力の低下が認められるが、その外には他覚的異常はなく頸推運動の制限もないこと、頸神経症候群は存在するが大後頭三又神経症候群は存しないこと、自律神経症状および根症状は軽度であり、心理テストの結果によれば内的不安定、爆発性があることが、また〔証拠略〕によれば外傷性神経症の存すること、なお原告は本件事故当時一七歳であることが各認められるので、これら事実と前認定の如き傷害の内容、治療の経過、職業を合せ判断すると、原告は事故後昭和四二年六月一七日まで一年間全く就労することができなかつたものと認められ、その後における後遺症については、精神ならびに神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるものといいうる程度のものと認められ、かかる障害は労働基準法および同法施行規則別表第二によると九級一三号ならびに一四号に該当することに照らして考えるべきところ、原告の後遺症状は心因的要素にも基くことからすれば、原告はその労働機能の約三五パーセントにあたる一ケ年八五、〇〇〇円宛の減収を生ずるが、昭和四二年六月一八日から長くとも五年を経過すれば再び事故前と同程度に就労することができ、右労働能力も回復するものと推認され、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、〔証拠略〕によれば、原告は小学校二年生のころ肉腫のため右大腿部を切断したことが認められるけれども、本件事故による傷害および後遺症はいずれも右障害とは関係のない部位に発生・残存するものであるから、既存の右障害は原告の本件事故による労働能力ならびに収入の減少に何ら影響を与えないものというべきである。

(3) 逸失利益額 合計六〇七、八〇四円

(イ) 前記一年間の休業期間中の得べかりし収入の合計額は二三七、八〇四円。

(ロ) 原告の昭和四二年六月一八日から同四七年六月一七日まで五ケ年間の得べかりし収入の同四二年六月一八日における現価は三七〇、〇〇〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による。ただし一〇、〇〇〇円以下切捨)

(算式)(年間減収額)(ホフマン係数)

八五、〇〇〇×四・三六≒三七〇、〇〇〇円

(五)  精神的損害(慰謝料)

原告は前認定の如く小学二年生のころ右足を大腿部より切断したのであるが、この様な障害を克服して通常の労務に従事していたのに、本件事故により前認定の如き傷害を受け、長期にわたる治療を要し、後遺症が残存して二重の障害を受けるに至り多大の精神的苦痛を受けたものと認められ、その他本件証拠上認められる諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰謝料は一、五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(六)  物的損害 合計一〇、〇〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により、着用していた上着とズボン各一着および腕時計一箇を滅失したところ、本件事故の数ケ月前に上着を一、五〇〇円、ズボンを三、五〇〇円でそれぞれ買つたばかりで、腕時計は昭和三九年春中学卒業時に八、〇〇〇円で購入したことが認められるので、本件事故当時の価額は上着一、五〇〇円、ズボン三、五〇〇円、腕時計五、〇〇〇円を下らなかつたものと認められ、原告は右同額の損害を受けたものと認められる。

(七)  弁護士費用

〔証拠略〕を総合すると、法律的素養のない原告は、被告らが損害賠償を拒否し抗争したので、大阪弁護士会に所属する本訴代理人弁護士に対し本訴の提起と追行を委任し、着手金三五、〇〇〇円(他に訴訟費用四、〇〇〇円)を支払い、および勝訴の場合に取得した経済的利益の二割以内を報酬として支払う旨約したことが認められる。そこで、右認定の事実および本件事案の難易、審理の経過、請求額、認容すべき前記の損害額ならびに当裁判所に顕著な日本弁護士連合会および大阪弁護士会各報酬規定に照らすと、原告が被告ら各自に対し弁護士費用として賠償を求め得べき額は二〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

四、過失相殺

原告は前認定の如く右足を大腿部から切断しており、また被告三木本人尋問の結果によれば本件事故現場の東方約一〇〇メートルに信号機の設置された横断歩道があることが認められるけれども、〔証拠略〕によれば、原告は小学生のころから義足をつけて自転車を運転していて十分な技倆を有していたことが認められるので、原告が現場の東方約一〇〇メートルにある横断歩道を横断しなかつたことを以つて過失と解することはできない。

しかし、前記一(二)(1)の如き本件事故発生の状況に基けば、原告は本件国道を横断する際、折から事故車が東進してきていたにも拘らず、東進車に対する注意を怠つて横断しようとしたため本件事故の発生をみたものと認められるから、原告の右注意義務の懈怠が本件事故の一因というべきである。よつて、原告の右過失と被告三木の前記過失の程度を勘案すると、原告の損害についてその一〇パーセントを過失相殺するのが相当と認められる。

五、結論

以上のとおり、被告らは各自、原告に対し右三(三)ないし(七)の合計金二、二〇四、七八七円(ただし、いずれも右四で過失相殺した額、以下同じ)、および同三(七)を除く内金二、〇二四、七八七円に対する被告らに対し本件訴状が送達された翌日である昭和四三年一二月二九日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものというべく、従つて、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余の請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行ならびに同免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 寺本嘉弘 大喜多啓光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例